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<いま隣にある危機>
新潟中越大震災の現場に遭遇して
危機管理/危機対応に関する緊急提言
今回の地震によって史上初めて新幹線が脱線する事態となりましたが、まさしく脱線直前に脱線した列車とすれ違い緊急停車した列車に私は乗車していました。地震の被害に遇われた地元の方の苦しみには較べるべくもありませんが、列車から脱出し、高架橋からおりて地元の体育館に避難さていただいた経験を通じて、我が国の危機管理・危機対応の甘さを改めて実感しました。
また本年は台風災害も深刻で、兵庫県豊岡市をはじめ、全国各地で多くの命が奪われ、被災によって苦しい生活を強いられている方々が数多くおられます。また、奈良の小学生殺害事件をはじめ、凶悪な犯罪も横行し、普通に暮らしていても、いつ被害者になるかわからない危機的な社会情勢です。
目を海外に転じれば、自衛隊の派遣されているイラクにおいても、その危機感は増大し、日本人拉致殺害事件、英国人NGOメンバーの殺害事件、一方米軍によるファルージャの総攻撃によって、多くの血が流され、世界中で「危機管理」の重要性が高まっています。
「いま隣にある危機」・・・
対岸の火事のように思われている日本国内、世界各所で発生している危機は、普通に暮らす私たちの身に、いつ何時襲い掛かってくるかわからない事態に突入してしまったことを、認識しなくてはなりません。
ヨルダン国境線のルウェイシッド難民キャンプに収容されているパレスチナ人難民たちは、イラク攻撃まで近代的で幸せな普通の都市生活者でした。しかし、あの悲劇的な戦争によって家族を奪われ、難民キャンプにすでに20ヶ月以上収容されているのです。
自らが「被害者」「被災者」になる可能性が高まってきた現状。日本国内でも発生が予測されるテロ。天災・人災を問わず、地域に暮らす私たちの生活の安全が脅かされる時代になってしまいました。
私自身が、ただ「新幹線にのっている」という日常生活を突然破壊されて、危機状況にまきこまれた「新潟中越地震」の発生を契機に、わが国において、政権交代を目指す我々民主党自身の"危機管理対応能力"を今一度考える必要があるのではと痛感し、緊急でこの提言レポートに至りました。特に、今回は、身近な経験が基点となっているがゆえに、地域活動に視点を置いて、危機管理のあるべき姿を提言します。
●状況
2004年10月23日17時44分、私は上越新幹線トキ332号(新潟発東京行)に長岡駅から乗車しました。その12分後の17時56分、長岡越後湯沢間を240キロ/時の巡行スピードで走行中に地震が発生し、列車は緊急停車しました。トキ325号(東京発新潟行)の脱線地点と私が乗車したトキ332号の緊急停車位置から推察すると、我々は脱線の約2分前に長さ10キロメートルのトンネルの中で500キロ近いスピードですれ違っていたことになります。
私たちトキ332号の乗客300名は(上越新幹線浦佐駅の南、塩沢トンネル入り口近くで)停車後7時間近く、幸いにも空調は正常でしたが、車内に缶詰の状態となりました。その間新幹線乗務員は社内放送で「新幹線は関東大震災を越える地震でも大丈夫」であること、「座席で情報を待って落ち着くべきこと」を繰り返すとともに、車内巡回で乗客の安全確認は欠かしていませんでした。またトキ322号には偶然JR貨物の社長さんが乗っておられましたが、社長さんみずからマイクを取り乗客の安全確保に尽力されていました。ただ「どのような事態に遭遇しているのか」「何が起きているのか」等に関する具体的な情報は、我々乗客はもとより乗務員もJR貨物の社長にも伝わってこない様子でした。
24日零時近くになってようやく我々300名はトキの乗務員と保線要員の誘導によって1号車の乗客から順次車内から線路へ出、高架橋に掛けられた避難梯子を使って地上に降り、現場に横付けされたバス2台タクシー5台によって国道17号を北上し、浦佐駅近くの大和中学校体育館までピストン輸送されました。乗客の輸送が完了するまで1時間要しました。大和中学に避難した300名に配られた毛布は14枚、気温は約1度でした。
私の乗っていた332号はもとより脱線した325号にもけが人はありませんでした。「脱線箇所が偶然直線区間であったことが幸いし転覆を免れた」「直下型地震のため列車制御システムが機能しなかったにもかかわらず犠牲者が出なかったのは奇蹟に近い」等の論説もあります。現場にいた乗客としては、無事停車した列車と高架橋の強さ、いいかえると"停車するまでの新幹線ハード"には素直に感謝したいし、JRの技術力を高く評価します。ただ停車してからの危機対応いいかえると"停車してからのソフト"に関してはJRを含めて、今後検討の余地おおいに有りと言わざるを得ません。
今回も災害時のライフラインの重要性が言われていますが、ここではライフラインの中でもまずは情報、次に食と衣に関して提言し、最後に自治体に関して提言させていただきます。
●提言
その1.情報に関して 車内放送をラジオ放送に切り替えよう
その2.食に関して 食の補給基地としての車内売店を考えよう
その3.衣に関して 乗客と地元 JRの役割
★バリアフリーとライフライン★
その4.自治体に関して 根本的解決策:向こう三県両隣り
その5.乳幼児母親・お年寄りを余震から避難させよう
★横浜市も新潟の"隣り"のケース★
○その1.情報に関して 車内放送をラジオ放送に切り替えよう
トキ332号では偶然、評論家嶌信彦氏、生島ヒロシ氏らが同じ車両に乗車していました。我々は嶌氏が持っていいた携帯ラジオによってNHKのラジオ放送から災害情報を入手することができました。そもそも「列車が止まった原因は地震」という基本的な情報もラジオから入手しましたし、地震の規模、その被害状況などもラジオから把握することができました。我々はラジオ情報で得た情報を可能な限り乗客の皆さんにもお伝えしましたので少なくとも"情報による安心"はいただけたとおもいます。
☆車内放送をラジオに切り替えよう。(オフトークの仕組みの準用)
乗務員が内部連絡網などで得た新しい情報を車内放送する場合以外、ラジオ放送を車内で放送するべきではないでしょうか。以前総務省所轄で考案されたオフトークという仕組みがあります。これは地域住民が電話を使っていない時に市町村関連の情報を電話回線で放送しておくというものです。このオフトークを新幹線などの車内に準用するのは検討の余地があるのではないでしょうか。
☆車掌室に携帯ラジオ
別に難しい話でもシステム導入といったお金のかかる話でもありません。「乗務員室に携帯ラジオを一台用意しそれを車内放送として流しておくこと」で最低限事足りるのではないでしょうか。乗客が「自分たちはどのような状況におかれているのか」という情報にアクセスできていると、次に取るべき行動:たとえば集団脱出においても人々の冷静さがまったく違うのではないでしょうか。
○その2.食に関して 補給基地としての車内売店の役割
トキ322号の乗客300名は6時間以上缶詰状態でしたが、車内の売店にあったミネラルウォーターとスナック菓子によって乗客の「食」の部分は最低限満たされました。新幹線の食堂車は廃止されましたが、もし食堂車があれば売店以上に「食」の補給基地となったはずです。
車中でのカレーの炊き出しなどイメージしつつ公共交通機関としての災害対策と営利企業の論理(不採算部門切り捨て)とは相容れないということを実感したように思えます。少なくとも今車内にある「売店」を、企業の論理と切り離して危機管理の観点から緊急時における「食」補給基地についてのマニュアル化等検討すべきではないでしょうか。
○その3.衣に関して 乗客と地元 列車・駅の役割
JR新幹線の乗客300名は南魚沼郡大和町立大和中学校体育館に避難することになりましたが、おそらく地元大和町にとって我々乗客は『想定外の避難民』であったはずです。気温1度の中、避難してきた乗客300人に与えられた毛布は14枚。この現実が象徴しているようにおもえてなりません。おそらく『乗客は災害時想定外』の構図は大和町に限らず、上越新幹線にかぎらず全国津々浦々どこの地方でも共通ではないでしょうか。乗客は常に地元では"ストレンジャー"です。
災害が発生した地元はおそらく地元のことで手いっぱいです。であるならば乗客に「目的地まで送り届けるサービスを提供する」企業が責任をもって乗客の危機管理対応策を準備するべきではないでしょうか。「提言その2.」で述べた車内売店の在り方とも関連しますが、乗客分の"毛布"に関してはJRが責任をもって車内もしくは駅構内に備蓄した上で、地元自治体と協議し、乗客を地元の協力の許、避難所へ送り出すのが筋でははいでしょうか。
★バリアフリーとライフライン★
公共施設のバリアフリー化においてもJR東日本をはじめ鉄道各社の対応はもっともすすんでいるのではないでしょうか。JR東日本を含めほぼすべての鉄道会社は証券取引所に株式を上場する営利企業にもかかわらず、バリアフリーがすすんでいる、といったほうがわかりやすいでしょうか。バリアフリー化と利潤追求の論理とは企業の社会的責任の観点から考えると矛盾するものではありません。
緊急時のライフラインはそれこそ生命線です。ライフラインにおける駅さらには列車(特に売店・食堂車)の役割・ありかたをバリアフリーに則した観点から検討すべきときにきているのではないでしょうか。これは日本道路公団のSAやPAの在り方にも関わる問題ではないでしょうか。
★危機管理危機対応: 根本的な問題に関して
トキ322号の乗客は停車場所からバスに乗って浦佐駅近くまで北上し駅近くの大和中学校に避難しました。停車現場での車掌や保線員の皆さんのお陰で乗客は全員高架橋から地面に降りることができ、JRが手配したバスによって大和中学に避難することができました。私は現場の尽力に対して感謝こそすれ批判する気などないことを先に述べた上で、あえて次のことには触れなければなりません。地元に暗い300名もの"ストレンジャー"は集団で震源地の方向へ向かうことになった、これは紛れもなく事実です。余震がつきものの地震において震源地へ向かうことは、津波の恐れがある海岸にむけて走るようなものです。
このような行動が何の疑問もなく(勿論何の悪意もなく)危機に際して行われることこそが日本の危機管理の在り方を象徴しているように思えてなりません。さらに「提言その1.情報」とも関連しますが、自分達が震源地に向かっている"事実"を知ったのは、たまたま同じ車両に乗り合わせた乗客が携帯していたラジオのお陰です。そうでない乗客は何も知らないままバスに乗って震源地に向かって走ったことになります。
現場にいた政治家として「自ら震源地へ向かい陣頭指揮に当たる」ということは望むところであり、その意味では震源地に向かったバスには感謝すべきかもしれませんが、何故このような事態が発生したのか。誰がどのような情報、どのような指揮命令系統に基づいて新幹線トキの乗客を震源地へ向かって避難させたのか等の問題の所在と共にリスクの意識を真剣に議論すべきときにきているのではないでしょうか。
○その4.自治体に関して 根本的解決策:向こう三県両隣り
私は地元横浜に戻り、横浜市から被災地への救援物資輸送を中心にできる限りのことをさせていただいているつもりですが、物資を届けるのに最低片道13時間かかる道路事情、ある場所では300名に毛布14枚・ある場所では「救援物資の山、といった問題に悩まされています。また「新潟県から要請がないので自衛隊のヘリコプターが飛べない」といった報にも苛まれています。そもそも自治体、自衛隊、消防、警察等の役割分担は明確だろうか。相互のコミュニケーションは円滑だろうか。
災害現場で復旧にあたる自治体、自衛隊、消防、警察さらにはボランティアの皆さんもこのような問題に悩まされているようにおもえてならなりません。今後我々民主党は今回の災害に現場で携わった人々からも充分に意見を聞き、現状を分析するべきではないでしょうか。
災害当時者である新潟県は自衛隊へ出動要請できないほどダメージを受けたのかも知れませんし、知事選挙直後で引継ぎ等の問題があったのかも知れません。ただこれでは阪神大震災当時とあまり変化がありません。であれば、例えば新潟県の場合、富山県、長野県、山形県"向こう三県両隣り"が当事者県に成り代わって
@自衛隊に出動要請できる取り決め
A(全国から集まる)救援物資を適宜交通整理する取り決め
などを準備するべきではないでしょうか。(関西方面からの物資は一旦富山県が請け、関東方面からの物資は一旦長野県が請けるだけでも、折角の物資が現地で山積みされたり、大幅に不足したりする非効率は防げるのではないでしょうか。少なくとも新潟県の事情は長野県が横浜市より詳しいはずです)このような隣接県レベルの相互連携は我々民主党が考える地方分権にもそぐうのではないでしょうか。
その5.乳幼児母親・お年寄りを余震から避難させよう
★横浜市も新潟の"隣り"のケース★
乳幼児とその母親、お年寄りが余震に怯える映像はいたたまれないものがあります。震災後のストレスがいわれていますが、たとえば乳幼児にとってその母親が余震の恐怖に叫ぶ姿は、もしかすれば一生残るストレスともなりかねません。自分の家、自分の土地、自分の故郷を守りたい気持ちは痛いほどわかりますが、それこそこれは"男"の仕事ではないでしょうか。おんなこどもということばは好むものではありませんが、故郷をまもる"男"以外はできるだけ現場から遠ざかるべきではないでしょうか。
地元横浜だけを持ち上げる訳ではありませんが、横浜市は迅速に対応してくれています。横浜市総務局危機管理対策室 防災情報のページに避難施設の提供があります。「十日町市の要請を受け、本市が所有する施設(群馬県)を避難施設として提供する」とあります。横浜市は『少年自然の家 赤城林間学園』に400名を受け入れます。「余震の心配も少なく、畳の上で眠れる場所」は物理的な意味あいもそうですが精神的なストレスからも被災者を守ることができるのではないでしょうか。横浜市のみならず日本各地の地方公共団体が避難場所を提供していくことを強く希望いたします。
●おわりに
まずは今回の地震に際して、危機における具体的な状況を、その原因の所在をふくめて検証するべきではないかというおもいと、政権政党を目指すものとして現実に則した『危機対応マニュアル・指針』等の作成を急ぐべきともおもいから、この緊急提言にいたりました。
災害はおそらく避けられません。ただ「民主党のおかげで現場の対応が格段にスムースになった」「民主党の政治家が現場にいると助かる」といった認知を多くの市民(のみならず含自治体、自衛隊、消防、警察等)から得ることができてはじめて、民主党の危機対応は他の党とは違うといえるのではないでしょうか。
最後になりましたが新潟中越地震によってお亡くなりになった方に心より哀悼の意を表し、書面を終えます。もちろん10万人近くの方々が避難生活を余儀なくされている現状を少しでもよい方向に変えていくために微力ながら私も今後とも全力を尽くしたいとおもいます。
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