オリンピック開催は「リオ」で

2016年“オリンピック”はブラジル共和国“リオ”を推薦する。


2016年“オリンピック”は“リオ”で決まると思う。
I.O.Cの良識を信じている。

いうまでもなく、“オリンピック”は五輪のシンボルマーク。
地球の5大陸を意味する。
“オリンピック”は5大陸の平和の祭典であることは誰でも知っている。
“オリンピック”はアマチュアスポーツの祭典でもある。

私は、近年“オリンピック”が国威として開催されていることに不快感を募らせている。

重ねて言っておきたい、“オリンピック”は“アマチュア”スポーツの祭典だった。
“オリンピック”を富める国がプロスポーツ化することに反対したい。
「金・銀・銅」のメダル受賞者(授与者)に惜しみない拍手をする。
ましてや日本のメダリストの勝利に感動し、テレビ観戦で、手が痛くなるほど拍手し声を出す。
それが、早朝でも夜でも同じである。
しかし、本来オリンピックは参加することに意義があるとも言われた。

プロのスポーツアスリートは、先進国では何千万、何億円も稼いでいる。
その上、メダリストになると、さらに稼ぎは“ウナギのぼり”。
発展途上国では考えられない。
残念ながら日本でも同じことを見る。真に残念である。

オリンピック選手、メダリストを使って企業はお金を稼ぐ。
選手はお金のために切磋琢磨する。
なんとも虚しさを憶える。

夏の甲子園、正月の箱根駅伝、高校・大学生のサッカー、ラグビー等の決勝戦。
大学野球で神宮に出かけ、一生懸命応援する。
さわやかな気分になる。

メジャースポーツだけでなく、柔道、新極真空手、地域のソフトボール、草野球観戦を
とても楽しみにしている。
アマチュアスピリットは心地よく感じさせてくれる。
私は、とても望ましく、健全さを感じる。
スポーツ観戦はアマチュア、
本来スポーツは自ら行う。健康な身体をつくる。私の持論である。

私は日々ボランティア活動、会社の経営、顧問会社のお手伝い、
困っている人たちの相談、365日、働き蜂である。
しかし、アマチュアスポーツでの選手の顔、必死な戦いぶりは、私にいつも新たな気持をくれる。
人生の活力として楽しみと思っている。

話を“オリンピック”に戻そう。

メダリストに「金・銀・銅」で国によって額は異なるが賞金を出す。
どうかな、と思っている。

昨今、子どもたちの夢は、野球、サッカー、ゴルフ、テニス等、
高額年収を得られるスポーツ選手を夢としている。
大いに問題である。
メディアが無責任にも煽っている。ケシカラン。
子どもの夢、「末は博士か大臣か」は遠い昔。
「青年よ大志を抱け」、これも死語になっている。

私が主催し、3人の芸術家、高木東六、井上信道、須加五々道、
お三方とランチ座談会を催した。
生涯、作曲家、彫刻家、画家として人生を極めた、お三方共通の発言に意識した。
この国、日本では芸術家は育たない。食えない。
日本人は、芸術を理解できない。
メディアが有名にした者だけか、宗教がスポンサーになった者等少数の芸術家だけが食べていける。
殆んど芸術家は、子どものとき幸せで、後不幸である。
みんな苦労している。
国も自治体も“芸術、文化”は大切であると、云うだけで、
ただ、美術館づくりだけに精を出す。
それと、西洋の有名作家の作品を競って求める。
それも、国と自治体でドンドンつりあげる。
人々も有名作家のみに反応する。

芸術家を育てる。育てたいという気持ちがとても大事だと思えてならない。
日本人みんなで育てないと。
“日本人は芸術を全く解ってない。
残念というより怒りを感じる”が、お三方の共通の嘆きであった。

●私がこの際言いたいことと理解してもらいたいこと。

スポーツも芸術も誰の人生でも大切であると思っている。
個人的にはアマチュアスポーツを好んでいる。
私は思う、芸術は大成した人たち、励んでいる人たちを応援したい。
私は音楽祭や絵画展を主催する。音楽会に行く。
美術館や美術展にもよく行く。
少なくとも足を運ぶよう努力している。
日本の伝統文化である書道、華道にも親しもうとしている。
能や狂言、歌舞伎にも行く。

学生時代、銀座の「銀巴里」シャンソンにもよく行った。
将棋や碁も楽しんだ。
数々の伝統文化もそれなりに眼を向けた。
私はそれら全て一般教養と思っている。

少々脱線したが、“オリンピック”は、スポーツそれも、アマチュアスポーツの祭典。
富める国、発展途上国にとって、世界がひとつになる大変良い機会だし、
正に地球人類の祭典だと思いたい。
富める国のみのスポーツ祭典では断じてない。

東京石原都知事が、私が知る限りオリンピック誘致に血道をあげ、
石原知事の人脈で政治、経済、芸能人を動かし、
税金を湯水の如く計上し続けていることが理解できない。

当人は2016年はもう知事ではない。
文筆家で、異常な誇りの持ち主で、
自分だけが頭が良く優れていると思い込み、他を寄せつけない。
批判はしても決して普通の努力家をホメナイ。
独りよがりの最たる人と思っている。

「石原慎太郎」が、なぜオリンピック招致を都政の目玉にするのか?
私は、石原都政を客観的には高く評価している。
教育行政、環境には全国自治体首長では群を抜いている。
その他にも、さすが石原慎太郎と思い感じる都政に、折々人に語っている。
確かに多くの言動には問題がある。とても許されないと思うときもある。

重ねて言っておきたい。
自分の発言、それのみが正義で、他は論外とする高慢さは見苦しい。

ヨットの石原は有名だが、
何故、オリンピック招致に走らせたのか。
主に2つ考えられる。
その1は、都民銀行の失政。1千億超の都銀の損失。
これは重大責任である。
都民銀行設立の着想と実行力は、さすがと思ったこともあった。
結局、武士の商法という結果になってしまった。

銀行が立ち直ることは決して無い。
これだけで知事辞任は避けられないと思っていた。
オリンピック招致を失敗したとき、何らかの方法で弁償する。
当然都民は要求する。

2つ目は、築地移転問題。
問題の埋立地に新建設する。その移転地の土壌改良に500億円。
東京都以外に考えられない
何を血迷っているのか、理解しきれない。
江戸時代からの築地で改良したらよい。

これらから都民の眼、都民の批判をかわすためと思わざるを得ない。

●2016年オリンピックについて結論に入る。

私はI.O.Cの良識を信じる。
富める国より新興国開催がより望ましい。
加えて、オリンピックは五輪のマークで五大陸をイメージしている。

南米とアフリカが手を挙げたら、東京、シカゴ、マドリードは
支持する、支持してほしい。
オリンピック開催を名乗ってはいけない。

われわれは降りる。応援すると何故言えないのか。
アジアでは過去5回開催している。
米でも、欧州でもアジア開催を超えている。
辞退すべきだ。
特に東京は既に開催している。
オリンピック招致はナショナルインタレストではない。
むしろ辞退のほうが、より国威高揚と思っている。

本年10月2日、デンマークのコペンハーゲンで開かれる
I.O.C総会の決定を待つまでもなく、まず東京は辞退して欲しい。
ブラジルは100年前日本移民を受け入れてくれた。
また、本年は日本人のアマゾン入植80年の記念年である。
一宿一飯の恩は日本人の礼儀である。
100年の長きにわたっての恩返しは、オリンピック辞退で
「リオ」支援を表明するだけでお返しできる。
簡単なことだ。

よい都政と悪い都政。
その悪い都政の最たる1つに“オリンピック招致”がある。
石原都政は2009オリンピック招致に向け、さらに100億円追加予算を計上した。
都民の高い支持があっての自信と思うが、
都民の皆さんはどうか私の発言に耳を傾けてほしい。
私の意見が広く知られることでオリンピック招致支持は一気に下がると思っている。

悪い都政から都民の眼をそらしてはいけない。
都民も日本人も良識をもっている。そう信じたい。

近年の富める国のI.O.C攻勢は認められない。
これ以上招致合戦だと“オリンピック”の存亡問題になってしまうことを恐れる。

今や地球、人類は環境・農業、危機だらけである。
特にアメリカ発経済危機は深刻であり、本格的にこれからと思えてならない。
全ての国が特に日本は今こそ未来の人類のため、
むしろ今の経済危機を神の啓示と受け止め、
生活そのものは云うに及ばず、この際、日本そのものが経済大国より、教育大国へ、
農業大国へ、医療大国へと国際貢献に全力で取り組む意志を表明することが急がれる。
私はそう思う。

アメリカのオバマ大統領就任は、新しい希望に満ちた世界づくりを期待している。
しかし、当面はアメリカそのものが、経済危機対策、中でも失業問題、雇用問題が優先される。
当然アメリカ人はアメリカの物を買う。
つまり、保護主義を貫かざるを得ない。

アメリカ頼りの日本をしっかり承知していないといけない。
オバマ大統領1期4年は、先ずアメリカの全ての危機対策優先と思わなくてはならない。

日本は、当然大きな転換を求められる。
アジア、アフリカ、南米(特にアマゾン)へ国際貢献の大転換を果たすべきと言っておきたい。

2016オリンピックは「リオ」に決まり。
私は信じ、支援を呼びかけたい。

閉じる