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| ごあいさつ |

2005年8月8日衆議院が解散されました。まさにその解散の当日、私は「国政白書2005 国会議員の社会的責任 コンティンジェンシー・レポート」を書きました。そして8月12日に10,000部刷り上がりました。このレポートは2003年11月、神奈川3区(横浜市鶴見区、神奈川区)から立候補し、初当選させていただいて以来、私の政治活動・政権奪取にむけた活動指針を纏めたものです。このたびは改めて自己紹介の意をも込めて、コンティンジェンシー・レポートをここに掲載させていただきました。ご一読下されば幸甚です。更には拙著に対するご意見、私に対するご指導・ご鞭撻等賜れますれば、望外の幸せです。
“コンティンジェンシーって何?”・“何故、コンティンジェンシー?”についてレポートでも述べていますが、コンティンジェンシーとは「起きるか起きないかわからないこと」という意味がふくまれた英語です。「不測の事態に備える」という日本語が最も近い意味合いかもしれません。ただ「よいこと」であれ「よくないこと」であれ、次に起こることは起きるかも知れないし、起きないかも知れない。だからこそ「不測」です。
8月8日衆議院の解散。まさに戦後日本最大の“コンティンジェンシー”が発生したといえるのではないでしょうか。まさにその衆議院本会議場にいたものとして、ここで皆さんにご報告したいことがあります。
小泉総理が本会議場に入場された場面で、与野党を問わず議席からは誰一人として拍手はおこりませんでした。一方、再三「解散はすべきでない」との警鐘を鳴らしておられた河野議長が入場された場面では満場の拍手がわき起こりました。このような光景はおそらく衆議院の歴史でも珍しいのではないでしょうか。ひとことでいえば異様でした。
小泉自民党は「改革をとめるな」とのフレーズを使っています。昔、非国民という言葉がありました。戦争に反対するもの・賛成しないものに一律、非国民のレッテルをはって、結果敗戦を迎えることになりました。まずは「改革」を絶対善として位置付け、自分に「改革者」のレッテルを掲げ、その改革に反対するものは、与野党を問わず「改革を拒む抵抗勢力」「非改革勢力」と決めつけることは戦中戦前の「非国民」同様異様です。私は決して改革をとめるものではありませんし、改革を恐れるものではありません。ただし異様な改革は止めるべきです。それこそが国会議員の社会的責任だと考えます。
私の国政報告レポートは、8月8日に書き上げました。よってレポートには「衆議院議員 加藤尚彦」と署名しました。(同日、午後7時衆議院が解散されるまでの19時間強は衆議院議員、厳密に言えば5時間弱ほどは衆議院議員ではありませんでした。解散の直後ほとんど推敲の間もなく、印刷に回し“ぎりぎり・すれすれ”といった言葉が浮かんでは消えました)
政権交代、民主主義の国ではあたりまえのことですが、日本にとっては戦後60年間経験したことのない“コンティンジェンシー”です。民主主義にとってあたりまえの事態に際して、日本の政治家の社会的責任としてどう備えるか。新しく政権を担う政党として、戦後最大もしかすれば明治維新以来最大のコンティンジェンシーに具体的なプランを持てるか。新しい政権与党として粛々とそのプランを執行できるか。その思いからここに‘コンティンジェンシー’という聞き慣れない横文字をあえて使わせていただきました。コンティンジェンシーの鉄則は沈着かつ冷静です。政治家の本分は熱意です。今、日本は未曾有の転換期にあります。それに立ち向かう国会議員の決意をこめてコンティンジェンシー・レポートとさせていただきました。
2005年8月21日 加藤尚彦
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