外務オピニオン・コラム 1−@


@日本の外交戦略 戦略としてのASEAN

 私は横浜市会議員のころから外交におけるアセアン重視と日露平和条約の締結、さらには国連中心主義を主張してきました。政治とはつまるところ内政と外交に帰結するのであって、地方議員であっても政治のひとつの柱外交は政治家として欠かせないと考えてきたからです。外交は日本が国際社会で生きていくための手段です。21世紀は国際化の時代といわれていますが今後「国際社会」が私たちの生活により大きく影響を与える世の中、「国際化を実感する」世の中となるのは間違いありません。であるならばまずその国際社会とは何かとその中での日本を考えたうえで、ここでは何故アセアン、日露平和条約なのかを述べたいとおもいます。

 冷戦が終結して、アメリカの軍事力だけが突出することになった事実は誰も否定することができません。どの国もアメリカと軍事力で対抗することはできなくなりました。軍事力は外交の重要なバックボーンですが、これからはどの国も軍事力を背景にした外交が難しい時代となりました。しかし、冷戦が終結したということは「戦争がなくなった」ことを意味する訳ではなく「新しい戦争の時代がはじまった」ことを意味します。非対称型の戦争といわれるものがそうです。"9.11"が象徴するテロとの戦いを指して非対称型の戦争と呼ぶようです。テロリストや国交のない国との外交ということばは正しい使い方ではありませんが、テロとの交渉外交のない国との交渉は現実問題として行わなければなりません。非対称型の戦争があるのであれば、平時の戦争ともいえる外交において非対称型の外交もありえます。テロリスト・外交のない国との交渉も非対称型の外交と呼べましょう。ただ外交においては日米安保が外交の基軸であってある意味すっきりした外交でしたが、今後は日米安保を越える外交、もしかすれば日米安保のない外交もふくめて単純な形でない外交としての非対象外交にも備えなければなりません。

 テロとの戦い・非対称戦争は、軍事的にみればアメリカ一極集中の証ともいえるのですが、経済的にみれば「アメリカひとり勝ち」が言われた90年代に変わって、21世紀はアジアの時代ともいわれています。もちろんアメリカもそうですがヨーロッパがだまって「アジアの時代」を指をくわえてみている訳がありません。「アジアの時代」であればこそ積極的に「アジアの時代」に参画、さらには「アジアの時代」の演出までしてくるのがアメリカでありヨーロッパでではないでしょうか。

●ユーラシア・ダイナミズム

 ユーラシア・ダイナミズムという言葉があります。(そもそもユーラシアということばはユーロ(EURO)とアジア(ASIA)を統合した言葉EURASIAのカタカナ読みです)かつてはヨーロッパの植民地政策とロシアの南下政策、彼等にとって植民地としてダイナミックなアジアという意味(アジアに主導権がないという意味)でユーラシア・ダイナミズムということばが相応しかったかもしれません。21世紀はアジアの時代というより新しいユーロ・アジア・ダイナミズの時代といった方がいいのかもしれません。EUを東方に拡大してきた欧州、大ロシア主義への回帰がみられるロシア、ここまではかつてのユーラシア.ダイナミズムと同じですが、今後GDP総計が世界の5割を占め、貿易経常収支の黒字をほとんど独占するアジアが主人公となってユーラシアの主導権を握るという"ユーラシア・ダイナミズム"ではないでしょうか。

 アジアが主人公を具体的にいうと1.アジアの消費者がユーロ企業の顧客になる。2.アジアの企業がユーロの顧客に売る。3.1と2を差し引いてアジアが黒字となって外貨(富)を蓄積する。という意味ではないでしょうか。アジアが植民地として搾取されるという以前のダイナミズムとは180度異なります。このようなユーラシア・ダイナミズムの中に日本は位置します。これからは日本人は日常生活の中に『ユーラシア・ダイナミズム』を感じることになるのではないでしょうか。

 その日本は現在の総人口1.27億人ですが2050年には1億人を切ります。(とはいえ20世紀初頭は4,400万人に過ぎませんでした)65歳以上の比率は現在19.5%ですが2050年には36%に達します。18歳人口は現在150万人ですが2050年には81万人に減ってしまいます。この18歳人口は1967年には245万人でしたから三分の一に減ることになります。一方日本の対外資産は2003年175兆円にのぼり12年間連続世界一です。さらにわが国は2003年1年間で20兆425円の為替介入を行ってきました。その中で1785億円分だけユーロ買い、あとの18兆640億円分はすべてドル買いです。2004年には1月から3月までで為替介入14兆8314億円すべてドル買いでした。国策として(対ユーロ価値が下落を続ける)ドルの買い支えをしてでも輸出しやすい環境創りには貢献してきました。が、同時に自らの手で日本の対外資産の(円建てでの)価値を下げてきたことも意味します。ちなみに2004年4月から今日まで半年以上、為替介入は全くおこなっていません。

◆日英同盟・日米同盟

 「1902年(明治35年)日英同盟協約に調印し1921年(大正10年)破棄するまでの間、日本が政治的に安定し経済的に成長できた時代であって、1960年日米安保保障条約締結によって政治的安定が保障され、高度経済成長も可能であった。イギリス、アメリカというアングロサクソン超大国と同盟関係を結び続ける限り日本は安定する。明治新政府の外交戦略の最大の成果は日英同盟の締結であり、戦後最大の外交戦略の基軸は日米安保である。日本は外交ゲーム、パワーゲームに参加すべきでなく『日米安保』は絶対に堅持するべきである」という考えがあります。日米安保を一言でいうと「外交では主導権を取らない」ということです。今後ともアメリカが重要な国であることは間違いありませんが、であればこそ日米安保を越える日米関係を模索する必要があるのではないでしょうか。冷戦時代、日本とも対峙する東側への解決策は全面的にアメリカに委ねてきました。そもそも日米安保は対ソ対共産圏への解決策としてデザインされた訳ですが、その前提が崩れたのですから解決策も考えなおすべきではないでしょうか。ものごとを合理的に考えるのがアメリカであれば、日米安保の前提であるソ連が崩れた時点で少なくともアメリカ側は新しいデザインは用意しはじめていると考えてこそ、合理的ではないでしょうか。

 為替政策は通貨の外交です。さきほどご説明したように、わが国の為替政策も外交の根幹である日米安保と連動するかのようにアメリカ一辺倒でした。外貨保有世界一の日本がドル買い一辺倒から「ユーロ買い」に分散するというシグナルを国際社会に発するだけで為替市場においてダイナミズムが生じるはずです。ダイナミズムと安定とは矛盾するようですが、国際社会のダイナミズムは避けられません。であればこそダイナミズムを前提としてあらゆる局面から日本の安定を求めることこそが外交ではないでしょうか。自分の国の安定を求める。これが外交のおおきな役割ではないでしょうか。

●日米関係とユーラシア・ダイナミズム

 さてこのユーラシア・ダイナミズムにはヨーロッパとアジアを含みますが"地政学的には"アメリカがはいっていません。世界最強の通貨ドルの国であり世界最強の軍事力を誇る国アメリカ抜きのダイナミズムが本当にありえるのか、ありえないのか。そして日本はどのように考えるのかが、これからの大事なポイントです。ヨーロッパもみていますし、アジアもみています。もちろんアメリカもみています。

●北東アジアと日露平和条約

 日本が位置するユーラシアの東の端、北東アジアの安定というものは、実はまだ実現していません。北朝鮮の問題も大事です。しかし、本当の意味での北東アジアの安定、広い意味でのアジアの安定は『日露平和条約』が締結されない限りありえません。日露平和条約こそが、北朝鮮問題をも解決し、さらには日中の問題解決にも寄与するのではないでしょうか。「北朝鮮のミサイルが東京を向いている」といった類いの話がありますが、それに対応するようにモノゴトを単純化して表現させていただくと「ロシアと平和条約を結んだ日本に向かって北朝鮮がミサイルを打つこと」はありません。(日露平和条約については後述します。)

●日米と米中

 次に中国についてです。ソ連崩壊、冷戦終結後において、アメリカの仮想敵は中国であるという類いの話がありますが、果たしてそうでしょうか。まずアメリカの知識人の中国に対する尊敬・畏敬の念は日本人が考える以上に深いものがあるのではないでしょうか。また中国にしてもアメリカの仮想敵に甘んじるような国でしょうか。

◆米中関係について

 第二次世界大戦の直前のことですが、昭和12年盧溝橋事件をきっかけに日中戦争ぼっ発とされており、実質日本と中国とは全面戦争といってよい状態でした。13年当時の近衛内閣は「国民党蒋介石は相手とせず」の声明は出したものの、陸海軍の反対で中国に宣戦布告を出すことはありませんでした。軍部が宣戦布告に反対した理由は「アメリカが中立義務をまもり日本に石油や軍需物資を売らなくなると戦争が遂行できない」というものでした。実際アメリカは日本が相手にしないとする中国国民党に対して昭和15年3月2000万ドル、9月2500万ドル、11月に500万ドル、英国も12月に100万ポンドを借款供与しています。そのような中で、中国は日本に宣戦布告をさせるべく挑発行為を繰り返えしています。結果、中国は第二次大戦の戦勝国として名を列ね、国連の常任理事国のポストも取りました。日本といえば、アメリカからの物資がなければ日中戦争をもやっていけないことを軍部までもがわかっており、よって中国にさえ宣戦布告しなかったにも関わらず、アメリカに宣戦布告をしてしまいました。結果、21 世紀になっても国連の常任理事国入りを強く希望することになっています。

 ワシントンのみならずEUさらには国際機関におけるルート、パイプ、ネットワークといったものが、日中戦争当時もそうですがその後も現在も日本が中国より太いと言い切れるでしょうか。第二次大戦後、戦勝国としての中国は台湾の中華民国であり終戦直後(1945年)に設立された国連の常任理事国も中華民国でしたが1971年中国の国連加盟が決定しました。

●そしてインド

 「中国にはロシア、そしてインド」私はこのフレーズを口酸っぱく30年間いいつづけてきました。日中関係の安定のためにはロシアとともにインドが重要です。インドはもともと日本にとって注目すべき国のひとつです。第二次大戦後の東京裁判において、インドからの判事として参加したパール判事は、判事としての有能さのみならず世に「日本無罪論」といわれたパール判事の意見書を出して「東京裁判を勝者が敗者をさばく為の儀式」として断じました。連合国とりわけ米国を中心にした総司令部(GHQ)に大きな衝撃を与えた。さらには1951年、サンフランシスコ講和会議でインドは「米軍の日本・沖縄からの撤退」を条件として要求し、結局48か国の調印国に加わりませんでした。しかしインドはサンフランシスコ講和条約の調印を拒否した後で、日本との単独講和に臨んでくれました。そのインドですが国連常任理事国入りを表明する日本に対抗し「インドこそがアジアを代表する国である」として常任理事国入りを表明しました。あたりまえの話ですが、インドにとって一番大事な国はインドです。しかし少なくともインドにとって日本は「国境を接するパキスタンよりも中国よりも、インドの安定に貢献する国」とみてくれていることは事実です。そのようなインドとは国連常任理事国入りを競うのではなく、連携して一緒に常任理事国入りを果たすことが理想です。

◆中華人民共和国・国連加盟に際して

 1971年中国(中華人民共和国)の国連復帰問題をめぐって、逆重要指定決議案(中華民国の国連追放には加盟国3分の2以上の賛成が必要という案と二重代表制決議案:中華人民共和国と中華民国双方に国連議席を認めるという案)を日米で提出しましたが、中華人民共和国の国連加盟を求めるアルバニア決議案によって中華人民共和国の国連加盟が実現し、中華民国の代表は議場を去りました。日本は福田外務大臣を中心として国連ロビイ活動を展開しましたが、中国に完全に敗北したことになります。その4か月後、1972年2月アメリカのニクソン大統領が北京を(日本に知らせないまま)突然訪問しました。国連で日本と組んで中華人民共和国に対峙したアメリカが国連での中華人民共和国の多数派工作に感服し、一方組んだ日本のふがいなさに失望しなかったといいきれるでしょうか。

 日中どちらが外交戦略に長けているかという問題はともかく、少なくとも私たち日本人は、日米中三国を考えるとき、日米対中国という単純な図式はありえないと考えたほうがよさそうです。超大国アメリカにとってアジアの国との関係のひとつとして米日、米中があるという認識でいた方がよいのではないでしょうか。一方、日中2国を考える場合、アジアにおいては地政学的にみても日本と中国は対峙することは避けられないとおもいます。(あえて国際論などではやりの地政学的という言葉を使ってみましたが、なんのことはない、地政学的とは『地図でみると隣の』『歴史を考えると色々あった』ということだと私はおもいます)

 日中の対峙はおそらく当事者2国では解決できません。ロシアはすでに中国にとっても友好国となっています。友達の友達は友達という理屈で対峙をやわらげる。対峙せざるをえない中国との友好関係を築くためにも中国の友好国ロシアとの平和条約という考えです。同時にロシアは中国にとってもっとも扱いづらい国のひとつではないでしょうか。そのロシアと平和条約を結び北方領土問題を解決した日本であれば、中国も考え方接し方を変えてくるのではないでしょうか。

●戦略としてのアセアン

 日本はアセアンを重視すべきです。単純化は誤解を招く恐れがありますが「日本には中国脅威論があります。アセアンにも中国脅威論はある」だからこそアセアン、これが外交戦略の答えです。さらには、日本とアセアンの中国脅威論は本質的に異なります。日本には"中国特需"もあります。中国はアメリカを上回る日本の最大貿易相手国、買ってくれる大事なお客さんです。

 アセアン諸国にとって中国は実質的な脅威と言えます。

1. 地理的な脅威 中国はアセアンと地続きです。中国の軍事力はアセアンにとって脅威です。 

2. 経済的な脅威 アセアン諸国はある程度所得水準があがってきた上に、個々の国の規模は中国に較べると圧倒的に小さなものです。より安い労働力によって作られる中国の製品に輸出が奪われ、工場誘致も中国に奪われます。「仕事が奪われ、客が奪われる」アセアンが中国に抱く実質的な脅威です。

●何故アセアンか

 日本とアセアンは対立してお互い得するものはありません。日本と対峙する可能性も否めない中国も「日本+アセアン」では対峙する訳にはいきません。

 アセアン+3、アセアン+4さらにはアセアン+5という考えがありますが、+3は日本、中国、韓国、+4にはインドが加わり、+5にはロシアが含まれます。しかしこれは中国、韓国、日本、もしくはインド、さらにはロシアが仲良くアセアンとつき合っていきましょう、という理想的な構図をいっている訳ではありません。アセアンというおおきな地域に関心あるアジアの強国がまず3つ、さらにはインドもロシアも、それぞれおおきな関心を寄せている、という現実を単純化したものと考えたほうがよさそうです。さらには隙あらば抜け駆けを考えるのも外交です。もちろんアセアン諸国もだまっていないでしょうし、アセアンがEUのごとくまとまるのも理想です。

 であればこそ、アセアンの理想に向けて日本は積極的に参画すべきではないでしょうか。

●日本アセアン行動計画 アセアンへのマニフェスト

 2003年12月、東京でアセアン首脳会議が開かれました。アセアンが域外で首脳会議を開催するのは初めてのことです。それにひきつづいて2004年年頭に"日本ASEAN行動計画"を発表しました。実はこれはわが国にとって外交の夜明けともいえることです。

 日本アセアン行動計画には120項目のやるべきことが書き連ねてあります。ここではその項目を評論することはいたしませんが、ひとついえることは120項目におよぶこの『日本アセアン行動計画』は、わが国がアセアン諸国に出した"マニフェスト"です。

 おそらくこのようなやりかたは対米、対EU、さらには最大ODA供与国である中国外交でもありえません。『日本アメリカ行動計画』『日本EU行動計画』『日中行動計画』をわが国が打ち出すことはまったくイメージできません。『日本アセアン行動計画』をみればみるほど、読めば読むほど、聞けば聞くほど、私が長年言い続けてきたアセアン重視の外交、戦略的な外交が、ようやくここにきて動き出した、という感を強くいたします。さらに行動計画では人材育成に力点がおかれています。「アセアンからの留学、アセアンへの留学」を主張してきた私にとってはこれも喜ばしい限りです。そのような意味からも私は『日本アセアン行動計画』を支持しますし、新しい外交のありかたを打ち出した外務省アジア大洋局の皆さんには敬意を表します。

◆戦略的ODA:より多くの人に感謝されること

 わが国のODA予算が7398億円最大のODA供与国が中国910億円(2002年度)です。しかしながら中国人の60%が日本からODAを受けていることを知りません。戦略的ODAということがいわれますが、最大の戦略は「先方の人々に感謝してもらうこと」です。60%の中国人がODAを知らないのでは感謝もなんもありません。うがったみかたをすれば「知らせない」中国のODA戦略だけがうまくいっているのではないでしょうか。感謝もされないODAを年間910億円も中国へ"上納"しているのであれば、そのうちの100億円分でも日本に留学を希望する優秀な中国人の奨学金・学費に割り当てることのほうが、日本のため、将来の日中関係のためになるのではないでしょうか。ODA奨学金ひとり年間100万円としても1万人、200万円では5,000人、400万円出しても年間2,500名の優秀な中国人を日本に招くことができます。少なくとも彼らは日本のODAに感謝するはずです。周恩来も孫文も日本に留学経験があります。年間2,500名の第二第三の周恩来、孫文に感謝されて中国で活躍してもらうことが、現在の対中国ODAよりも、わか国のためにならない、というのであれば、その説明をしてもらいとおもいます。

 戦略的ODAとは何も難しいことをいっている訳でなく"感謝されるODA"をアセアンに集中する。ということです。"中国人60%が日本から中国がODAを受けていることを知らない"という状況をアセアン諸国ではなくすべきです。ODAの積極的な公報はあってよいとおもいます。

 マレーシアの元首相マハティールは"ルック・イースト"日本に学べといってくれましたが、実際に日本で学ぶ人は12,000人です。ODAを第二第三のマハティールのような指導者を育成するためにもアセアンの若者を日本に招くために使うべきでないでしょうか。人材育成は下記『日本アセアン行動計画』の重要な柱ともなっています。

●新しい外交のかたち

 「東南アジア諸国連合(ASEAN)は、経済成長を持続し、地域統合を強化し、また同時に地域外における経済的な相互依存を拡大し深化することにより、ASEANの経済競争力を高めるよう努めてきた。日本とASEANとの間の経済的な相互依存は着実に増大しており、ASEANは日本の第二位の貿易相手となっている。過去10年間における日本からASEAN諸国への民間直接投資は実質的な水準に達しており、これは、日本とASEAN諸国との間の緊密な経済的な連繋を明示するものである。日本は、二国間の政府開発援助(ODA)を供与することにより、ASEAN諸国における経済的及び社会的発展を支援し、それにより、地域における平和、安定及び繁栄に貢献してきた。日本は、また、ASEAN諸国を特別に重視し、政府開発援助や貿易・投資を促進することにより、これまでに築いた実績を土台として、ASEAN地域との間により強固な関係を創出することに深くコミットしてきた」

 これは日本アセアン行動計画冒頭のことばです。私が主張してきた戦略的ODAの考え方が見受けられるのも嬉しい限りです。

 さらに重点項目として

a.ASEANの統合を強化するための協力

b.投資促進などのASEAN諸国の経済競争力を強化するための協力

c.テロリズム、海賊行為及びその他の国境を越える問題に対処するための協力 の3点をあげ、その3点ともに「人材育成」が最重要項目に据えられています。その後に行動計画が120項目にわたって記載されています。

 『日本アセアン行動計画』の運営窓口は国際機関日本アセアンセンターと考えてよいとおもいます。ただ日本アセアンセンターは『日本アセアン行動計画』を管理運営するにはふさわしいかもしれませんが120項目の分野それぞれを実行に移すノウハウや専門知識がある訳ではありません。『日本アセアン行動計画』を実行するには民間の力が不可欠です。『日本アセアン行動計画』を読んでみて、また外務省の職員から説明をうけて強く感じることは、これはどう考えても外務省が書いた"民間外交のシナリオ"、"民間主導の外交マニフェスト"です。であればこれは画期的なことです。『日本アセアン行動計画』を計画通りに執行するためには、外務省任せではなく、日本アセアンセンター任せでもなく、またこの"アセアン・外交マニフェスト"を監視するだけでなく"民間"の皆さんが積極的に参画していただくことが不可欠です。私はちょうど外務委員会から決算行政監視委員会に移ったところです。長年"アセアン外交"を言い続けてきた政治家として決算行政監視委員会での仕事は『日本アセアン行動計画』の良い意味での"監視"といえるかもしれませんがそれよりも、ひとりでも多くの皆さんが"アセアン民間外交"へ参画することを後押しさせていただくことかもれません。そうすることがアセアンの皆さんからも"感謝される外交"に繋がれば、望外の幸せです。

●おわりに

 私はコミュニティー・スクール寺子屋論のところで義務教育の(民間への)大政奉還という表現を致しました。『日本アセアン行動計画』は民間外交の幕開けといってもよいのかも知れません。少なくとも官民一体教育、官民一体外交、官民一体事業体(地域共同コンソーシアムやPFI:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)さらには官民一体司法(その賛否はともかく陪審員制の導入)、そういう大きな時代の流れは強く感じます。そもそもわが国はユーラシア・ダイナミズムの一角にあります。画一的な外交手法ではダイナミズムに対応できるはずもありません。そういう意味でもやはり『日本アセアン行動計画』はわたしたち日本人が一丸となって守り育てていかなければならない外交手法ではないでしょうか。


外務委員会トップへ