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AASEANコラム集
「南半球から見たアジア地図 upside
down」

この図は何かおわかりでしょうか。ユーロ・アジア地域を南北180度変えた地図です。オーストラリアなど南半球の国では南を上にした地図や地球儀も少なくありません。従来の北が上である世界地図では日本は「広大な太平洋に面した海洋国家」の印象がありますが、南北が入れ替えた地図で見ると日本は「ユーラシア大陸の東端にのっかった島国」といったイメージが強くならないでしょうか。日本海も北はカムチャッカ半島で閉じられたオホーツク海、日本海、東シナ海から台湾さらにはマレー半島、ボルネオ島で閉じられた南シナ海までのユーラシア大陸東側を連なる海域の一部のようには見えないでしょうか。日本列島そのものも樺太から日本列島、台湾、フィリピン諸島、インドネシア諸島と続くユーラシア大陸東側の諸島の一部として見えてしまいますが、また中国が本来"センターofアジア"を意味すると言われても納得してしまうような位置関係ではないでしょうか。いずれにしても21世紀において180度関係がシフトしそうなのはユーロとアジアだけではなさそうです。"太平洋を挟んでアメリカと向かい合う海洋国家・日本"それとも"アジアの中の日本"なのか、本当はどうなのか、どうすべきなのか、世界の中の日本の現実を冷静に認識するためにも、たまには地図を南北180度アップサイドダウンして考えた方がよいのかも知れません。
「アセアン in
brief」
表はGDP、一人当たりGDP、外貨準備高をアセアン10ヵ国と中国、日本の順に並べたものです。アセアンの中でもシンガポール、ブルネイ、の一人当たりGDPは1万ドルを超しており、マレーシア、タイが千ドル台で続きます。しかしフィリピン、インドネシアは千ドル足らずです。さらにベトナム、ラオス、カンボジアは500ドル以下、ミャンマーは数字が集計できていません。私はアセアンと手をつなぐ国会議員有志の会(会員:民主党衆議院議員22名)の事務局長として、国会議員の皆さんとアジアの大使館に大使を訪問していますが、その中でメコン川流域の国であるラオス,カンボジア大使がともにいっておられたことに「アセアンには3つの格差がある。1.日本とアセアンの格差、2.アセアンの中での格差メコン川流域外(シンガポール、ブルネイ、マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア)の国とメコン川流域の国(ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)との格差、3.メコン川流域内の国での格差(ベトナムとラオス・カンボジア)」があります。
また中国の一人当たりGDPは1990年には331ドル、2002年は955ドル、フィリピンは1990年721ドル、2002年は992ドルで中国がフィリピンを逆転しています。また外貨準備高にしても中国1990年296億ドル
2002年2,911億ドル対して日本は1990年785億ドル2002年は4,612億ドル、中国は10倍のびさらにこれは1997年中国に返還された香港を省いた数字です。(後述しますがアセアンにも日本にも中国脅威論というものがあるとすればこのような中国の急成長ぶりがその一因になるのかもしれません。)日本はこの現実を踏まえてアセアン諸国との外交を進めるべきです。その意味でもこれも後述しますが『日本アセアン行動計画』はよくできた外交戦略だとおもいます。
「わが国のODA(アセアンと中国)」
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2002年、日本はODAを67億ドル(7,399億円)を世界中の国に供与しています。アセアン10ヵ国のうちシンガポールとブルネイ以外8ヵ国に計17億ドル(1,920億円)供与しています。またその8ヵ国全てで、日本が最大のODA援助国となっています。日本からのODAが占める割合(2001年度)が高い順にミャンマー(78.4%)、タイ(77.4%)、インドネシア(62.5%)、フィリピン(59.1%)、ベトナム(55.9%)、マレーシア(52.7%)、ラオス(50.4%)、カンボジア(45.4%)です。わが国は中国にも8億3,000万ドル(912億円)ODAを供与していますが、世界から中国へのODAうち63.8%(2001年)がわが国からのODAが占めます。しかし60%の中国人はODAを日本から受けていることを知りません。
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「アセアン・外交マニフェスト雑感」
ただ『日本アセアン行動計画』120項目を、昭和30年、40年頃、藤山愛一郎先生の書生時代の頃を振り返りながら目を通しての感想ですが、その頃のわたしたちの家庭にとっての"三種の神器"はテレビ、冷蔵庫、洗濯機でした。街には道路や橋、鉄道の整備もまだまだ必要でした。『行動計画』には知的財産権、情報通信技術、基準認証及び相互承認に関する取り決め、さらには海賊対策といった言葉も少なくなく、日本にとっての予防外交的意味合いを感じます。勿論、外交はわが国のための政治の手段であって予防外交は重要です。ただ私が考えるODA戦略の基本は"感謝される外交"です。"アセアンに感謝されるマニフェスト"であるならば、現在の平均的なアセアンの人々にとっての「三種の神器」は何か、といった視点も、もう少しあってもよかったようにも思えます。
また行動計画には「誰が」「どのように」の具体的な記述が欠けている場合もすくなくありません。たとえば「ASEAN、特に新規ASEAN加盟国に対する技術支援および能力構築、貿易・投資の促進と円滑化、貿易・投資に関する政策対話、ビジネス部門の対話、ビジネス関係者の移動の円滑化」という表現があります。ここにいう"対話"、"円滑化"をいつ誰が何処でどのように進めるのでしょうか。行動計画冒頭には『日本は、ASEAN諸国との協議及び調整の上、国際協力機構(JICA)、海外技術者研修協会(AOTS)、海外貿易開発協会(JODC)等による技術協力、無償資金協力及び国際協力銀行(JBIC)による円借款並びに奨学金制度を通じて』とあります。その文脈通りに考えると外務省もしくはその関連団体も"通じる"制度もしくは機関であって、計画を行動する主体者ではありません。
「国際機関日本アセアンセンター」
「国際機関日本アセアンセンターは、設立以来23年にわたり、日本とASEAN諸国との貿易、投資及び観光の促進を目的とする多くの事業を実施してまいりました。ASEAN諸国は、この20余年の間に、目覚しい経済発展を遂げ、ASEAN自由貿易地域(AFTA)の形成を積極的に進めるなど、ASEANとしての結束力を強めてきました。また、日本とASEANとの関係は、お互いに重要なパートナーとして成熟と理解の新しい段階に入りました。昨年は、『日本ASEAN交流年2003』という日本とASEAN諸国にとって記念すべき年となりました。一年間にわたり多彩な行事が日本及びASEAN各国で繰り広げられ、12月には、東京で日・ASEAN特別首脳会議が開催されました。当センターも、さまざまな事業や広報活動を通して、ASEAN諸国の魅力を紹介し、交流年の一翼を担うことができました。これらのセンターの活動に対して、多大なるご支援、ご協力を賜りました関係者の皆様に、この場をお借りして心よりお礼申し上げます。
私共は、日本ASEAN交流年で培われた相互理解を一層深めるような事業を、今後とも継続して実施していきたいと考えております。日・ASEAN包括的経済連携支援事業をはじめ、幅広い活動を行っていく予定です。」これは日本アセアンセンターのウェッブに掲載された事務総長の言葉です。2004年8月22日〜27日の6日間、オン・ケン・ヨンASEAN事務総長が外務省に招かれましたが、最初に訪問したのが国際機関日本アセアンセンターです。ちなみに国際機関といっても日本アセアンセンターは日本国内にあり、日本アセアンセンター事務総長は元駐タイ大使(1999年10月〜2001年12月)であり、また国際機関でありながら日本アセアンセンターはウエブサイト等でも外務省と同じく年号に西暦表示はしていないことをみても事実上、外務省の外郭団体です。ただし法人格として国際機関であれば一般省庁の外郭団体の場合と異なり、会計検査院の検査対象外となります。
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