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加藤尚彦・現場主義
鳴門教育大学・大村はま文庫 訪問レポート

 大村はまさんのことをタイで知り、帰国後すぐに横浜生まれの国語の先生、大村はまさんを調べさせていただきました。
 鳴門教育大学に大村はまさんの蔵書・資料が寄贈され「大村はま文庫」が開設されていると知り、早速、鳴門教育大学に世羅博昭教授を訪ねました。以下は世羅教授に伺ったお話によるものです。

 1995年大村はまさんは、永年にわたって単元学習を中核として指導してきた教え子の方々の学習記録、及び、指導記録・指導資料類、ならびに実践・研究のため収集した文献を鳴門教育大学図書館に寄贈下さった。寄贈を受けた学習の記録約2000冊、単元学習実践資料約500点、文献6300冊を「大村はま文庫」と名づけられた。
 大村はま先生が目指された教育は「仏様の指」の教育である。「仏様の指」とは教師が教えているのだが、子供には教師から教えられていることが見えない。教師の教えたいことを、直接、指示、屋命令して教えるのではなく、いつの間にか自然にさせてしまう授業。一人ひとりのこどもが、優劣などまったく意識しないで、夢中になって授業に打ち込み、学習者一人ひとりの能力と可能性が最大限に発揮することの出来る授業。そういう教育を大村はまさんは、生涯目指しておられた。
 大村はま先生は「優劣のかなたへ」を語科の授業で常に目指されていた。子供たちひとりひとりの資質や能力には当然個人差がある。いわゆる「できる子」もいれば「できない子」もいる。さまざまな子供がいる。
 一般に教師は教材を読んで、問いを出して答えさせる、いわゆる「発問応答型」の授業を展開する。そうすれば必ず、できる・できないが歴然とする。いつも正解を答える子供は優越感を抱き、いつも誤答を言うものは劣等感を抱く。これが小学校・中学校・高等学校の普通の教室で見られる風景であり、現実である。このような授業を、小学校でも6年間、中学校でも3年間受け続けていれば、できない子供は、その授業がおもしろくなくなり、次第にドロップアウトをし始める。現在の学校の先生方は、一般に、成績の中ぐらいの子供に焦点を当てて授業をしている。「できる子」は退屈し、「できない子」は落ちこぼれていく。(大村はまさんによれば、教師が子どもを“落ちこぼしていく”、が正しい)一人の教師が40人近い子供たちを教えるようになっているので、できない子供に対して時間をかけて指導していると「できる子」が退屈してしまう。この問題はきわめて深刻である。
 現在、文部科学省も、1学級を2人の先生が担当するようにしたり(チーム・ティーチング)、1学級を2つに分けて二人で担当したりすることが、できるように配慮し始めている。これは一定の評価することができる。しかし、現状をなかなか変革することができない。
大村はま先生の授業
 「同一教材」を用いて、「発問応答型」の「一斎学習」を展開すると、優劣が歴然とするので、大村はまさんは、次のような工夫をした。
その1. 子どもによって『異なる教材』を用いて授業をする。子どもの能力に応じた教材を発掘して、子どもによって教材を変えれば、学習結果の優劣は見えなくすることができる。
その2. 子どもによって「学習課題(学習目標)を異にすれば、「同じ教材」であっても学習課題が違うので、子どもひとりひとりの優劣は見えなくするかとができる。
 子どもたちを「優劣のかなたへ」導くために、大村はまさんは
  1. クラス全員に一冊ずつ与える本
  2. クラスに10冊用意する本
  3. ひとりひとりの子どもに与える本
 を用意した。3.の場合、クラスでひとりしかその本は読まない。従ってその子供は、自分がその本の内容をクラスのみんなに話して伝えなければ、クラスのみんながその本のことがわからない。自分が頑張らなければ、という思いがでてくる。
 本を読むのが早い子どもは、自分の担当する一冊の本以外に、時間があればそのほかの本をどんどん読んでいくことができる。本を読むのが遅い子供は、自分の担当した本だけを一冊読んで、その内容を紹介すればよいというようにする。そうすれば、「できる子」はどんどん伸びるし、『できない子』は精一杯自分のできる力を発揮するようにがんばることができる。ただし、学習者ひとりひとりに応じた教材を発見する力や、吸収する力、個に応じた指導をする力が必要となる。

■ひとりひとりが生活の場で生きて働く学力を
 大村はま先生は、子どもたちが夢中になる授業を作るために、安野光雄の「旅の絵本」(文字のない絵本)を教材化したり、4コマ漫画の「クリちゃん」教材化したり、群馬県の前橋の観光案内を教材化したり、恒に子どもたちの心をとらえるさまざまな教材を探し、教科書だけを教えるのではなく、子供たちが夢中になって学習する教材探しに精力的に取り組んでいた。子どもたちを夢中にするためには、子どもたちの趣味・関心や問題意識を踏まえた学習課題を設定して、その課題の解決をめざした学習を展開させる必要がある。子どもたちひとりひとりが夢中になって学習に打ち込むことによってのみ「生活の場で生きて働く学力」はつく。「ひとりひとりが生活の場で生きて働く学力をつける」そのことが大村はま先生の目的といえる。

 鳴門教育大学で世羅教授からお聞きした大村はま先生のお話は、このようなものでした。徳島県鳴門市からの帰り道、鳴門大橋・淡路島・明石大橋を通って新神戸駅に向かう車の中、何かすがすがしい気持ちで一杯でした。
 大村はま先生の考え方:優劣のかなたにを突き詰めると「落ちこぼれはありえない:Dropout is Impossible」。私の主張してきた「ひとりも落ちこぼれをださないNo Dropout is Possible」をもっと肩の力を抜いた、しかしもっと力強いマザーズ・マインドのようにおもえました。落ちこぼれはありえない、まさに教育のマザー・テレサではないでしょうか。
 このことも文部科学委員会委員として具体的に文部科学省・財務省に働きかけ続けます。今は一野党議員の小さな声かもしれませんが、国会議員がこのようなことを一歩一歩積み重ね続けることこそが、近い将来の「新しい義務教育規範の構築」という大きな動きに結びつくと確信しています。

加藤尚彦・衆議院文部科学委員会委員としてのCSR:全国から鳴門教育大学大村はま文庫にフリーアクセスできる環境を創る。
  1. 大村はま文庫をホームページ化して、全ての資料にインターネットでアクセスできるようにする。
  2. 大村はま文庫の資料を全国の教育関係者へコピーして無料配布ができるようにする。

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