加藤尚彦・教育のCSR: 大村はま教育論を義務教育の規範・よい教師の規範に! 読み書き算盤+聞く力・話す力
「コミュニティ・スクール寺子屋論」では寺子屋を中心に紹介しました。2004年9月よりコミュニティ・スクール法(地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法)が施行されています。ただコミュニティ・スクール法で何がどうなったのかを正確に理解し説明できる法律の専門家、教育の専門家、父兄の皆さんが、施行後一年たった2005年の今、日本中に何人いるでしょうか。
その最大の理由は「文部科学省も私ども文科委員会の国会議員もコミュニティ・スクールの理念や指針を皆さんに説明できていないこと」すなわち社会的責任を果たしていないことに尽きるとおもいます。私はコミュニティ・スクール法を義務教育改革の絶好の機会と考えます。寺子屋論では「義務教育の大政奉還」ここでは「権利としての義務教育・こどもの権利教育へ」と少々大仰に銘打ちました。権利としての義務教育、文科省を無作為・責任放棄と攻めるのでもなく、義務教育の理念や指針を国民の側で創っていかなければならないという義務感で考えるのでもなく、あえて「こどもの権利教育」の指針をみんなで創っていける明るいチャンス到来、という思いです。
■良い地域・悪い社会
ただし、現実は決して楽観できるものではありません。いつからか日本人はこどもの欲求やこどもの体を金儲けの対象とするようになってしまいました。街は様々な誘惑と危険に溢れ、家の中で遊ぶにしても“暴力や殺りく”を売りとするテレビゲーム・コンピュータゲームが人気を博し、“喫煙をかっこいい”とするようなシーンが乱発する漫画なども反乱しています。私は声を大にして言い続けます。“たばこは非行の入口です!”さらにはインターネットに関しても、こどもたちが猥褻サイトや出会い系サイトに自由にアクセスできてしまう環境、さらには、こどもの性が金儲けの対象になる状態が残念ながら野放し状態です。日本は、こどもの権利条約違反の状態が続いています。
私は長年“社会は悪いが地域は良い”と言い続けてきました。「金儲け社会」ということばはありえますが、幸いにも「金儲け地域」はしっくりきません。コミュニティ・スクール法はNo Dropout is Possible・ひとりも落ちこぼれをださない“地域でこどもを守ること”に繋がると考えます。それにはまず全国各地の地域から理解を得ることが必要です。
その前に私自身がコミュニティ・スクールをわかりやすく説明させていただくことがCSR国会議員の社会的責任だと考えます。まず何よりも、今どれくらいの理解を現場から得ているのかを知ることが大事であると考え、現場・地域の窓口を教育長に絞って国会閉会中に各自治体の教育長を訪ね歩く全国行脚を続けました。青森から種子島、沖縄まで日本各地の約200名の教育長と議論を重ねました。教育長との議論の感触から「コミュニティ・スクールは認知されていない。ただし可能性は大いにあり」が私の結論でした。私のコミュニティ・スクール寺子屋論・「読み・書き・算盤」の重要性にも自信を深めました。寺子屋は日本の誇りであり日本人は自信もってよいと確信しました。ただし「読み・書き・算盤」だけでは何か足りない。脳科学を論じても何か足りない。さらには全国の教育長さんに加え校長さんさらには市長さんたちと議論を重ねれば重ねるほど「何か足りないからこそ、私たち日本人はどうも損をしている」ように思えてなりませんでした。ただ「それが何なのか・何が足りないのか」がわかりませんでした。
■大村はまさん:教育のマザー・テレサ
そんな中、今年の4月アジア大津波の件で再びタイを訪問しました。その時バンコックのホテルで流れていたNHK衛星放送に目をやりました。ニュース解説番組だったとおもいますが、通常は冷静なNHKの解説者が目を真っ赤にして、亡くなった方のことを褒めていました。“ただごとではない”と直感しました。“大村はま”という国語の先生がお亡くなりになったという話でした(恥ずかしながらそのときまで、大村はまさんのことを知りませんでした)。ただNHKの解説者が涙する“大村はまさん”に惹かれました。大村はまさんはなんと地元横浜出身の国語の先生でした。大村はまさんは98歳でお亡くなりになるまで「読書の大切さ、話すこと、伝えることの大切さ」「読んで情報を集めて、話して情報を伝えることの大切さ」を教育の現場で伝えてきた先生でした。まさに“教育のマザー・テレサ!”
震えがくるほどピンときました。読み書き算盤に欠けていたこと、私が捜していたこと、それは「聞くこと・話すこと」です。タイから帰国後、大村はまさんを勉強させてもらいました。
私の「コミュニティ・スクール寺子屋論」はもとより、日本の「読み書き算盤」で足らなかったこと。それは「聞くこと・話すこと」ではないでしょうか。大村はまさんは国語の先生です。ただ国語はもちろん、算数、理科、社会、外国語の授業でも大事なことは「ひとりひとりが読む、書く、聞く、そして話すこと」といえるのではないでしょうか。さらに大村はまさんは「国語を通して、考える力、議論する力を高め、新しい民主主義の時代を担える人を育てることが目標」ともいっておられました。
「ひとりひとりが読む、書く、聞く、そして話すこと」これは学校の中、教育の現場にとどまらず、子供たちが社会に出てからの日常生活の場、世界の人々と付き合う上でも必要なことではないでしょうか。大村先生は「授業の神様」「百年に一人の教育実践者」「仏様の指」等々と称され関った人達から慕われていました。又「言葉の力」を大切にし「子供達の学力低下は教師の責任、教えるのが教師の職業」と常々言っていました。同時に「教師という仕事が、次の時代の建設に確実に役立っているということが、はっきりと目に見えるようにすべき」ともいっておられます。
そんなすばらしい女性、そんな優れた教育者が地元横浜から世に出られたことを、恥ずかしながら知りませんでした。教育を柱に掲げる国会議員として勉強不足を反省しつつも、これから勉強させていいただきたい。加藤尚彦の寺子屋論をバージョン・アップさせていただきたいとの思いで一杯です。 >>次へ
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